英語学習にインターネットが使えるようになったのは、ここ30年ほどのことだ。それ以前の人たちは、どうやって英語を身につけたのか。

ラジオ、テープレコーダー、辞書、そして本。その時代の学習者が残した記録を見ると、今の英語教育が忘れかけているものが見えてくる。

■ラジオ英語講座の時代

NHKのラジオ英語講座が始まったのは1946年、終戦の翌年だ。当時、英語への需要は急激に高まっていた。進駐軍との交渉、貿易の再開、GHQとのやりとり。英語ができるかどうかが、仕事や生活に直結した時代だった。

ラジオ講座の特徴は、繰り返しにあった。毎朝決まった時間に放送され、同じ内容を週に何度も聴く構成になっていた。テキストを持ち、耳で聴き、声に出して繰り返す。この単純なサイクルが、当時の英語学習の基本だった。

録音機器が普及していなかった時代、放送を聴き逃したら終わりだ。だからこそ「今日の放送」に集中した。その緊張感が、学習を習慣にする力を持っていた。

■テープレコーダーという革命

1950年代から60年代にかけて、家庭用のテープレコーダーが普及し始めた。これは英語学習に大きな変化をもたらした。自分の声を録音して、ネイティブの発音と比べることができるようになったからだ。

当時の学習者の記録を読むと、テープレコーダーを前に何度も何度も同じフレーズを繰り返した様子が書かれている。機械相手に恥ずかしさはない。何百回でも繰り返せる。この特性が、発音改善に大きく貢献した。

今でいえば、スマートフォンのボイスメモで自分の英語を録音して聴き返すことに相当する。ツールは変わっても、やっていることの本質は同じだ。

■辞書を引く、という行為

電子辞書もオンライン辞書もない時代、英単語を調べるには紙の辞書を引くしかなかった。1語調べるのに30秒から1分かかる。効率は悪い。しかしこの「手間」が、記憶の定着に貢献していたという証言は多い。

ページをめくって目的の単語を探す間に、前後の単語が目に入る。派生語や例文が目に入る。辞書を引くという行為そのものが、その単語との深い関わりを生んでいた。

また、引いた単語に鉛筆でチェックをつけ、同じ単語を何度も引くたびに印が増えていく。「この単語を5回も引いている」という事実が、その単語の重要性を自然に教えてくれた。

■音読という王道

インターネット以前の時代、英語の「インプット素材」は限られていた。ラジオ、教科書、洋書、英字新聞。限られた素材を、繰り返し使うしかなかった。

その自然な帰結として、音読が重視された。同じテキストを何十回も声に出して読む。意味が分かるようになり、文の構造が体に入り、やがてそのまま口から出てくるようになる。

國弘正雄が提唱した「只管朗読」も、この時代の産物だ。中学校の教科書を何千回も音読したという彼の実践は、素材の少なさを繰り返しの量で補うという、時代の必然から生まれた方法論だった。

■「量より質」ではなく「質ある量」

インターネット以前の英語学習が現代に教えるのは、「少ない素材を徹底的に使い込む」という姿勢だ。

今は逆の状況にある。素材は無限にある。YouTubeで英語動画を何時間でも見られる。Podcastを聴き続けられる。しかし消費するだけでは身につかない。

インターネット以前の学習者が持っていたのは、量の少なさゆえの集中だった。同じラジオ講座のテキストを何ヶ月も使い、同じフレーズを何百回も繰り返した。その「しつこさ」が、英語を体に刻み込んでいた。

■今の英語学習に活かすヒント

素材を絞ること。今日覚える表現を3つに限定して、それだけを繰り返す日を作る。英語の動画を見るなら、同じ動画を3回見る。新しいものを次々と消費するより、同じものを繰り返す方が定着は深い。

英訳練習も同じだ。毎日新しい問題を解くだけでなく、間違えた問題をもう一度解く。そのひと手間が、インターネット以前の英語学習者が当たり前にやっていた「繰り返し」の感覚に近い。